2014.11.01 Saturday

日本アイルランド協会2014年公開講座(後期)「アイルランド 水の物語」

今年も日本アイルランド協会主催の公開講座(後期)を聞きに行った。
今年のテーマは「アイルランド 水の物語」。島国のアイルランドの水にまつわる多くのことが語られた。
第一回「ダブリン−川と運河と港の街」
第二回「港から港へ−19世紀アイルランド・イギリス航路」
第三回「神話の中のボイン川とシャノン川」
という構成だった。 第一回「ダブリン−川と運河と港の街」10月18日(土)
 講師:山本正氏(大阪経済大学教授)
ダブリンも他の都市と同じように川沿いに発展してきた都市で、まずはその歴史の解説だった。アイルランド運河の地図ダブリンに定住が始まったのが9世紀半ばのヴァイキングによるものだったとか。この頃は今の中心地より西側にあり、次第に東の河口の方へ移動している。それにつれて、かけられた橋も東側に増設されている。2000年以降も増えているので、以前の地図が役に立たなくなっているかもしれない。
スコットランドを訪れた時に運河沿いを歩き回った私にはこのテーマが楽しくてしょうがなかった。
運河も英国と同様に発展し、その後衰退している。鉄道や道路の発達に伴い閉鎖された所もあるらしいが、現在英国と同様にレジャーの場として再び使われるようになっている。
閘門運河で一番面白いのはロック(lock、閘門−こうもん)である。水位が異なる水路を進めるために設けられた設備で、世界の運河のほぼすべてで見ることができる。アイルランドや英国のロックは小ぶりで、水位の調節の時間もそれほどかからない。映像でダブリンのグランド・キャナルを紹介されていた。残念ながら、ダブリンでは訪れたことがないのでロックの写真はスコットランドのフォース・クライド・キャナルのものだ。
最後の質問の時間で、運河沿いをバイクで走りたいが?との質問があった。バイクは恐らくモーターバイクのことだろうが、運河沿いの道はほとんどが遊歩道なので自動二輪は無理だろうと思われる。徒歩か自転車(向こうではバイクと呼ばれている)だけが許されるはずだ。後にネットで調べると、地図に通行可能かどうかの地図で示されていた。たまに、自動二輪などでも通行できる所があるようだ。
また、私はロックの通行料の質問をした。ご存じなかった。スコットランドでは(Scottish Waterwaysに)3ヶ月か1年間の通行料を支払えば良いと言ったのだが、アイルランドも同じだろうとの答えだった。しかし、後日ネットで調べたら、ロック毎か1ヶ月または1年間のパスの支払い形式となっていた。違うじゃん!
ダブリン港ダブリンの発展とともに港も整備されたが、潮と川の流れのため土石がたまって浅くなってしまう。そこで、まず北のHowth(ホウス)に港を作った。しかし大規模なものが造れず、その後南のDun Laoghaire(ダンレアリ)に造られ、現在、旅客・カーフェリーなどの大型の船が接岸できるようになっている。現在、ダブリン港も整備が続けられ、大型の船も接岸できるようになっている。旅客は多くがDun Laoghaireに行くことになると思うが、私がマン島に向かったときに使ったのはダブリン港で、写真はその埠頭のフェリーターミナルの建物である。

第二回「港から港へ−19世紀アイルランド・イギリス航路」10月25日(土)
 講師:本田三郎氏(大阪経済大学名誉教授)
19世紀に汽船が建造されるようになり、アイルランドから英国へと大量の労働力や畜産物が運ばれるようになった頃からの航路のお話が中心だった。
初期のアイルランド・英国の単純な航路が次第に複雑になっている。発展に伴う汽船の建造や定期航路の開設の歴史が表にまとめられて、この講座としては膨大な資料と思えた。アイルランドから出航した時の畜産物や出稼ぎ労働者の数も示されていた。その中で、Coleraine(コールレイン)という町を見つけた。北アイルランドにある町で内陸のはずなのに、なぜ?この町は乗り換えのために通過しただけなので川沿いに港があるかどうかまでは知らない。でも、やっぱり謎だ。
汽船が接岸できる港はあちこちにあるが、では、小さな島からの畜産物はどうやって運んだのか?ということになる。小さな島からはフッカーと呼ばれる帆付の小さな船やクラッハと呼ばれるさらに小さな船で一旦本土へ運ばれた後に、輸出されていた。フッカーにはいろいろな形があるとかで、写真もさまざまだった。

第三回「神話の中のボイン川とシャノン川」11月1日(土)
 講師:佐野哲郎氏(京都大学名誉教授)
アイルランド神話の水にまつわるお話だった。
アイルランド最長のシャノン川と歴史上重要なボイン川を紹介されていたが、長いシャノン川より、3分の1くらいの長さしかないボイン川にまつわる神話のほうが多いとか。どちらも、聖なる泉を軽んじた妻または女神から名前がつけられているとのこと。
神話の中で活躍するクーフリンは水中での戦いに長けていた。そしてクーフリンが殺した相手の名前の地名があちこちの瀬につけられている。中でも、友であったファーディアを殺したといわれる所が東北部のアルディーという町がその名にちなんだ名前といわれている。実際、町を流れるディー川に架かる橋の袂にはその銘板がある。これらの地名は戦いで敗れた死者の名前がつけられている。日本でも同じような所があるとか。代表的なのは巌流島とのことだった。
地名は実際の歴史も物語っていることが多い。調べてみると結構面白いとは思う。

今回、テーマを見てそんなに興味が沸いたわけではなかったが、初回の運河の話が面白かったので、後の2回も面白く聞くことができた。来年も楽しみだ。

 

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