2016.11.30 Wednesday

Happy St Andrew's Day

今日はスコットランドの守護聖人の聖アンドレ(St Andrew)の日です。祝
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2016.07.29 Friday

本:大人のためのスコットランド旅案内

思いっきり惹かれるタイトルだったので購入、ほとんどすぐに読み始めた。計23名のスコットランド通の方々がそれぞれのテーマに従って書かれている。 続きを読む >>

2015.09.07 Monday

本:スコットランドを知るための65章

エリア・スタディーズの136としてこの度「スコットランドを知るための65章」が発刊される。去年、テレビドラマや独立投票で注目を浴びたスコットランドをより知ってもらおうと企画された。

発刊日は9月10日、Amazonでは9月14日となっていて現在予約可能となっている。定価は本体2000円+消費税。 続きを読む >>

2010.01.11 Monday

Burning of the Clavie

ScotlandのBurgheadという町の年始行事祝である。本日1月11日に行われる。
Scotlandの年始行事と言えばHogmanayであるが、これはその原型とも言われている。 続きを読む >>

2009.06.18 Thursday

本:「英国セント・キルダ島の何も持たない生き方」(井形慶子)

St KildaについてアルバムやHPにちょっとしたことを書くペンために参考にしようとこの本読書を図書館から借りた。これからも参考になるのなら、資料として買うが、読んでみてそれほどでもなかったので、借りた方が良かった。 続きを読む >>

2008.02.09 Saturday

私の本『ヘブリデスの青い風』について

昨日、仕事から戻るとドアに不在通知が入っていた。代金回収とある。注文した覚えがない?

さては勝手に送って代金を払わせる詐欺か…それにしては代金が少ない。連絡をせずにいたら、今日また届けに来た。何が送られてきたのか確認した。 続きを読む >>

2006.12.12 Tuesday

DVD:Donie Munro & Friends

旅行時に買ってきた3枚の内の2枚目を見た拍手。時間は55分で他におまけも付いていないので、すぐに見ることが出来たはずなのだが、見るまでに時間がかかった。 続きを読む >>

2006.11.18 Saturday

講演会:「スコットランドの日本人」

日本スコットランド協会関西支部主催の秋の講演会があった。今年は2年ぶりにサントリー山崎蒸留所で行われた。去年は改装中だったから使えなかっただけである。 続きを読む >>

2006.10.25 Wednesday

本:『スコットランド文化事典』は今日発行

先月、お知らせした『スコットランド文化事典』読書は予定より遅れて、今日発行になった。現物が手元にある訳ではないが… 続きを読む >>

2006.10.22 Sunday

関西ハイランド・ゲームズ

例年の通り、神戸磯上公園で関西ハイランド・ゲームズが行われた。NPO日本スコットランド協会のブースも出した。 続きを読む >>

2006.10.01 Sunday

アフタヌーン・ティ

日本スコットランド協会関西支部のアフタヌーン・ティが行われた。お話しはここにも時々コメントを頂く難波さんである。テーマは「ゲール語とウイスキーとスコットランド旅行」だった。 続きを読む >>

2006.09.10 Sunday

本:「スコットランド文化事典」

読書今月に発刊される予定。
木村正俊・中尾正史=編、原書房より 続きを読む >>

2006.06.06 Tuesday

コンサート;Fiddler's Bid

伊丹アイフォニックホールで行われたコンサートに行って来た。チケット発売日に予約を入れたので1列目の中央近くに座ることが出来た。おかげでミュージシャンにかぶりつき状態(と言っても変なことはしていないですよ)。
バンドメンバー7人の内、4人がフィドラー。この4人がユニゾンで演奏するのを生で聞く訳だから、感心しない訳がない。生ではちょっとぐらい狂う時もあるのではないか?と思うのだが、全く崩れない。天才的である。途中、後ろにいたギターが弦を取り替えていたのは愛嬌だ。それに気付いた4人が近くに行って次のフレーズに入る間も小さめに演奏しながら、ギターを取り囲んでいた。
紅一点のCatrionna Mckayさんのハープのソロに入る時、”ベースとギターは今度はいらないんだ”とChris Stoutさんが言うと2人が”そうか”という風にステージから去るのだが、Chrisさんは”No problem”と。そして”フィドルも不要なんだよ”と言って4人も去っていった。こんな風にユーモアも交えていた。ちょっとした日本語や大阪弁なども披露していた。
心地よく、時には力強い演奏を聴きながら、楽しい楽しい時をもらった嬉しい
コンサートの後で、最近よく行われるメンバーによるサイン会。もう1つのアルバムCDを買って、私ももらった。日本スコットランド協会関西支部も物販を行っていたので、そちらもやっていたが、殆ど他のスタッフに任せていた。スミマセン。預かっていた絵葉書は結構出ていたが、私の本はコンサートの隣の席の人が同情で買ったくれただけ。”シェトランドの記述あり”としていても、押しが弱かったのかな。コンサートで読み物読書を売るのはやはり難しいらしいことが分かった。次からは荷物を押さえよう、という反省をしている。

2006.05.20 Saturday

ゲール語の映画

今カンヌ映画映画祭が行われているが、来週、史上初のゲール語の映画が上映されるようだ(The Scotsmanより)。
”Seachd(=seven)”というタイトルらしい。舞台はSkye島で、Cuillin山地で行方不明になった両親のことを孫に話して聞かせるという設定らしい。
製作はChris Youngでこれまでもカンヌに出品したことがある人らしい。自身も家族とともにSkye島に7年間住んでいる。彼によると、ゲール語による文化活動は音楽、詩、文学、ストーリー・テリングが盛んであるが、映画はなかったとか。
カンヌで話題になっても日本での上映は難しいだろうな…英語の作品でも難しいのに、ましてや日本語字幕を付けて上映なんて、考えもしないようだ。おそらく英語の字幕は付くだろうから、DVDが出たら買ってみても良いかも知れない(繰りかえし見ないと分からないため)。ゲール語の字幕もあったらいいよね。内容もスクリーンを派手にするようなものではなさそうだし。

ケーブル・テレビのカンヌ・ライブを見ても良いけど、今はドイツのハンブルグでテニステニス(準決勝)の中継の方を見ている。今後のニュースに注目!

2006.03.19 Sunday

美術:スコットランド国立美術館展 at 奈良県立美術館

昨日から始まっているが、私は縁あって前日に行われたオープニング並びに前覧見るに行ってきた。バグパイプの演奏で始まり、関係者の挨拶が行われた後テープカットで展覧会が始まった。有名な画家に混じって、Scotland出身の画家の絵があった。描かれているのもScotlandの風景や人物画である。展示数が95作と多いと思うが、中は広くてゆったりとしていた。
展示されているのはEdinburghにある国立美術館所蔵のものである。ここには一度入った記憶がある。入口でリュックを降ろすように言われ、どうしたらいいのかと思っていると、手に提げるのはOKと。どうして手に持つのはOKなのか?背負うと人の邪魔になるから? という記憶だけが残っていて、どういう作品があったか覚えていない。その後何回もEdinburghには行っているが、入る機会はなかった。他を回っていて、開館時間にいなかったためである。
この美術展、結構お薦めである。5月7日まで行われているので、春の陽気に誘われて、奈良まで出かけるのも良いと思う。

2006.03.13 Monday

引き続きダンブレーン

本日のThe ScotsmanおよびBBC Scotlandの記事によると、10年目のイベントとしては教会で慰霊のキャンドルが灯されるとか。明日の朝のBBCニュースくらいでは放送されるかも知れない。

それから、先週ブログを書いた後、色々記事を探していたら、Andy Murray君はこの事件の学校の生徒で、体育館に向かう所を止められ校長室に避難していたという記事があった。小さかったので良く覚えていないと言っているが、犯人とは知り合いだったそうで、やはりショックが大きいのか余り話したがらないとか。
それとは関係ないけど、今行われているマスターズ・シリーズのIndian Wellsは2回戦でロシアのダヴィデンコに負けてしまった。ちょっと残念。

2006.03.06 Monday

ダンブレーン事件から10年

BBCのトップ・ページからは外れてしったが、ダンブレーン事件から10年が経ったという記事である。何かのイベントが行われるということではなく、銃の登録の問題が未だに上手く機能していない云々と言うことらしい。詳しくはBBCのニュース・サイトを参照されたい。

ダンブレーン事件とは1996年3月13日に体育館で授業を行っていた低学年の生徒達と先生が数丁の銃を持ったThomas Hamiltonという男に射殺されたという事件。犯人はその場で自殺し、事件のはっきりした動機が掴めないままになっている。15人の生徒と1人の教師が即死、15人の生徒と3人の大人が病院に搬送され、内1人の生徒が搬送後に死亡した。当時のインタビューの中で駆けつけた先生がまだ息のある子と無い子を分けるのが辛かったと話していた。

ダンブレーン(Dunblane)はStirlingの北約10kmにある町。町の人は”Dunblaneが有名になって欲しいとは思っていたけど、こんなことで有名になるなんて…”と。確かに私も、この事件が起こるまでは知らなかった。その後、列車でこの町を通過したことがあったが、こんな恐ろしい事件が起こる雰囲気の町ではない。ダンブレーン、及び事件に関しては以下のサイトに詳しく書いてある。
http://www.koiwascotland.plus.com/scot/japanese/stir100.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Dunblane

この事件の犠牲者を弔ってこの年(1996年)のクリスマスに、その名もDunblaneというプロジェクト名でKnockin' On Heaven's Doorというシングルが発売になっている。UKチャートNo.1にもなった。子供達のコーラスが印象的だ。Throw Thesse Guns Awayという曲がカップリングになっている。この曲の呼びかけは先の記事からすると引き続き行われないといけないと言うことだ。

この事件の5年後に日本でも似たような事件が起きている。池田小学校の事件である。この時、私はIrelandの旅行中で、英国総選挙の結果をテレビで見ていた時に知った。学校名や事件の内容は良く分からなかったが、選挙以外の短い時間の中で伝えられたと言うことは、やはりダンブレーン事件を思い出させたからではないかと思っている。知り合いの教師で、Scotlandにも友人がいる女性が、池田小学校のニュースを聞いてすぐにダンブレーン事件の記事を送ってくれたと言っていた。帰国後事件のことが分かった時、私もダンブレーン事件を思い出した。

さて、この1年ちょっと、ダンブレーンに関して明るい話題をがある。テニスのAndy(Andrew) Murray君である。この町の出身で、先頃Henmanと入れ替わってランキングで英国No.1にもなった。今後の活躍で、”ダンブレーンと言えばMurray君の出身地ね”と言えるようになって欲しいものだ。

2005.12.31 Saturday

大晦日はホグマネイで

今年も後1時間余り。スコットランドでは大晦日から元旦にかけてホグマネイ(Hogmanay)で、年明けを祝う祝。カウント・ダウンはこのホグマネイが発祥とも言われている。日本でもスコットランド協会関西支部で3回程行われたことがある。最初が2000年になる時で、私は3回目の2002-2003年に参加した(させられたのかも)。夜9時から始まり、終わったのは明けて1時半くらいだったか。この時は名バグパイプ奏者の演奏もあって盛り上がっていた。カウント・ダウンの後、Auld Lang Syne(メロディはお馴染みの”蛍の光”)を合唱。それ以降、スタッフの力不足もあって、行われていない。やるとなると、結構準備やプログラムも大変なのである汗。今年は東京で、St.Andrews協会が英国大使館でやっているとのこと。私は仕方ないので、去年買ってきたハギスを夕食食事にして、ちょっとだけ気分を出していた(添え物が多くなって、お腹いっぱい。食べ過ぎだ!)。

スコットランドではこの他OrkneyのKirkwallでクリスマスから元旦まで行われるThe Ba'('baw'と発音する。革のボールを町を2つに分けて奪い合うらしい。結構荒っぽいとか)、ShetlandのLerwickでUp Helly Aa(バイキング時代の名残らしい)が1月の最終火曜日に行われる。いずれも新年を祝う祝行事である。また、今年訪れたBurgheadでは1月11日夜にBurning the clavieというホグマネイの原型みたいな行事がある。1600年にカレンダーの変更に伴いこの日付になったらしい。この町では「1年に2回、新年が訪れる」とまで言われている程である。

The Scotsmanのニュースなどでもエジンバラやグラスゴーあたりの様子がアップされているので、ご覧になってみて下さい。また、2002-2003年の日本スコットランド協会関西支部のホグマネイもアップされているので、日本でのホグマネイを覗いて見るみて下さい。日本では室内なので、花火でなくクラッカーを鳴らしていました。

2005.12.30 Friday

スコットランドも大寒波です

年末は日本も大荒れの天気になるとの予報。今朝のニュースで、スコットランドのAviemore(Highlandの南の地区、中央の山岳地帯)で-12°を記録したとか。Aviemoreといえば、今年行ったばかり。Haggis Huntの画像が近くのリゾート地になっているが、これを見ると確かに雪雪が降ったような感じの景色。この側のCairngorms山岳地帯はスキーのメッカ。山の景色は端っこにちょっとだけ見えるが、スキー場は一面の銀世界になっているのでは。スコットランド各地の気温を見てもAviemoreが一番低くなっている。Gleneaglesは雪雪が積もっている画像になっている。寒〜い。

年末とあって掃除をチョコチョコとやっている。ゴミは今日が最終日、ということで、昨日まで大きな物は片づけたつもり。でも後から次々出てくるんだなー、これが。年賀状は今日やっと投函した。元日配達には間に合わなさそう。切手を貼っているので、手間がかかると思う。この際郵便屋さんには手間をかけてもらおうと毎年やっている。本当は、葉書をUNICEFのものを使いたいためなんだが。それに今日と明日は夕方近くからテニステニスのデビスカップの決勝戦を放送している。もうちょっと遅くしてほしかったけど、再放送がある。これが早朝から。今日と明日は前半を見て、再放送で後半を見るか…掃除はあと一息。机の上に紙が山積みになっている。片付くかな…片付かなくても新年は来るけど。

2005.11.30 Wednesday

St.Andrew's Day そして…

私の誕生日でもある。産まれたその日から、Scotlandに縁があったわけだ。
年齢は伏せておく。これで益々職探しが難しくなったことだけは確か。3月まで暫く割りの悪い仕事を月10日くらいの割でお出かけはするが、ちゃんとした収入にはほど遠い。
去年は母がニュースを見て、夜電話をかけてきた。ニュースは天皇家の次男、秋篠宮さんのお誕生日というもの。同じ日というのだけは覚えていたらしい。別に祝って欲しいとは思っているわけではないが。他に直接・間接の知り合いで2名程同じ誕生日の人を知っている。一人はイングランド人の男性で、”Andrew”という名前の方。勿論、St.Andrew's Dayにちなんでとのこと。
今年は、友達を誘って、近くのアイリッシュ・パブに出かけようとしている。今日は丁度バグ・パイプの演奏の日なので、St.Andrew's Dayにピッタリだし。

2005.11.29 Tuesday

今年もHaggis Hunt!!

またこの季節になりました。毎年(と思う)The Scotsmanが冬になると行うネット・ゲームゲームです。
10ヶ所に設けられたWeb Camで映し出される景色の中にハギスを見つけて、ポイントを稼ぐというものです。ハギスは食べ物でなく、動物です。エッ、それって想像上のものじゃないの? 実は、Web Camに仕掛けがあるのです。こまめに見て見る、見つけて下さいマル秘。去年、私も見つけて、なーんだ、そういうことか…と、分かりました。
エジンバラ、グラスゴーの他に、今年話題になったGleneagles、Oban港、ロンドン、ニュー・ヨークも写されています。ライブ映像なので、GleneaglesとOban等は夜(現地時間です)になると真っ暗です。ちなみに、私は、Web Camで映し出されるライブ映像が何となく面白かったのでたまに見ていました。Oban港の荒れ模様強風などが見て取れました。
遊び方などはThe Scotsmanのサイトで確認して下さい。(ゲームのスタートは明日からみたいです。)

2005.10.23 Sunday

関西ハイランド・ゲームズ

今日、神戸で行われた。日本スコットランド協会関西支部がブースを出しているので、スタッフとして行ってきた。朝、出かける時は霧雨雨だったが、着いた時には青空が見えていた。傘が邪魔になった! 風強風が時折強く吹いて、テントが飛ばされそうだった。
ハイランド・ゲームズは競技内容は違うが、スコットランド版運動会と言われている。本場のスコットランドでは7・8月に各地で行われている。日本では運動会の時期に合わせてなのか、東京も関西も10月に行われている。
ブースは入口奥で、競技が行われている場所からは離れていた所に設置されていた。その為、人の流れが来ずに、訪問者もチラホラ。いくら場所があるからといっても、人が来ないような状況では販売物がさばけるどころか、催し物の案内も余ってしまう。更に、いったい何の競技が行われているのか分からない。去年もそうだったが、会場の設置をもう少し狭くするなど、考えてくれたらいいのに。最後の表彰式は目の前で行われたが、その頃にはこちらは引き上げていた。私は残って、写真だけ撮ってきた。回りを見たら、競技に参加した関係者とその家族くらいしかいなかった。本場のゲームズは映像でしか見たことがないが、ずいぶん賑やかで、参加者・見学者とも退屈していないようだ。

そうやって帰宅し、今、スペインのマドリッドで行われているテニステニスの決勝戦を見ている。こちらの方はテレビで見ても気が引き締まってくる。

2005.10.21 Friday

National mod

今日The Scotsmanのサイトを見ていたら、modのレポートがあるという。すっかり忘れていた。この時期に行われることは知っていたが、日付も知っていたのに行われていることに気付かなかった。今日が最終日らしい。今年はどんな人達が優勝したのだろうか。
modとはゲール語による音楽の大会とでも言ったらいいのか…歌ばかりでなく、詩の朗読の他、バグパイプ・フィドル・クラサッハ(ケルティック・ハープ)等の演奏のコンテストもある。演奏手段によるほか、年齢やソロ・グループ別にあり、また、歌でも課題曲と自由曲などかなりの数の部門があり、それぞれの3位までの結果がサイトに載せられている。
今行われているのはNational modであるが、それに先立ち(?)Local modが9月に各地で行われている。Nationalの方は毎年開催地が変わるが、今年はLewis島のStornowayで行われている。会場を示す地図がやけに懐かしく感じた。
残念ながら、このコンテストの様子はビデオでさえ見たことがなく、実際にどんなものかは分かっていない。見に行っても、自分が何らかの演奏をやっていないとウロウロして終わってしまいそうだ。ただ、100回目がObanで2年前に行われたが、その時の歌総合部門で金賞王冠を受賞した男性のDarren MacLean君の歌を去年聞くことができた。やはり上手かった。それに、愛すべきキャラクターと言おうか、おしゃべりも楽しかった。あちこちのコンテストでもよく名前を見かける。今年も出ているのだろうか。

2005.10.08 Saturday

写真展:スコットランドの人びと

日本スコットランド協会会員でもある村川さんの写真カメラ展に行って来た。夕方、スライド・トークも行われ、大盛況だった。
写真展は村川さんが向こうで出会った人達(+犬)の写真が展示されていた。笑顔が可愛い女の子から、人の良さそうなおじさんまで、田舎ならではの雰囲気が見て取れる。
スライド・トークはうって変わって、この数年間取りためされたウサギの写真を紹介しながらの楽しいお話しだった。中でも印象的だったのはウサギの穴掘りの連写。掘る方も大変だけど、それを写している方も大変である。向こうに行くとこんな穴は放牧場やその近くのパス(はっきり言って、迷惑なのだが)のあちこちに見られるが、どんな風に掘っているかは見たことがない。また、アクビをしている顔や起き抜けの姿の写真も微笑ましかった。
スライド・トークは今日で終わりだが、写真展は明日までJR電車山崎駅の側にある小さなホテルの1Fで行われている。

2005.10.01 Saturday

アフタヌーン・ティ−日本スコットランド協会関西支部

今日、午後大阪の心斎橋で会員の村川さん(カメラ写真家)の”スコットランド膝栗毛2005”と題したトークを聞きながら茶話会を楽しんできた嬉しい。スコットランドに毎年1ヶ月程滞在され、(穴)ウサギの写真を撮影しながら、土地の方々との交流のお話でした。自分ではなかなか体験できなく、目線が違うスコットランドを垣間見ることが出来ました。紅茶・コーヒーホットコーヒーと共に出されたサンドウィッチとシフォン・ケーキケーキをたっぷりと頂いた頃には、お腹一杯の状態でした。
来週から、村川さんの写真展があり、金・土にはスライド・トークも予定されています。今日の内容とは違うお話しとかで、こちらも楽しみにしています楽しい

家に戻ってから、ネットでBBCニュースを見ていました。今、テニステニスではタイ・オープンが行われています。今日は準決勝で、ScottishのAndy Murray君がATPツアーで初めてベスト4に進んでの試合が行われている最中でした。相手は地元のスリチャパン(彼も好きな選手の一人ですが)です。暫くしてオフィシャル・サイトを覗くと、勝っていました。決勝戦の相手は現在No.1王冠のフェデラー(スイス)です。先週デビスカップで英国はスイスに完敗したばかり。2人とも(それぞれの)ナショナル・チームに入っていました。個人戦ではどうなのでしょう?後はどこまで頑張れるか、です。試合をテレビでさえ見ることが出来ないのが残念ですしょんぼり

2005.08.31 Wednesday

旅行記(本編)Aviemoreのアップ

本編の旅行記Aviemore編を追加した。雲に隠れたCairgorm山頂やAviemoreの町の写真も。色々調べている内に時間がかかってしまう。その間にあちこち出かけていたものだから思ったより長引いた。気が向いたら、本編「ケルト地方への旅」をご覧下さい。

また、全米オープンテニステニスの話。A.Murray君はまたもや英国勢唯一の生き残りになっている。お兄さんの2人は1回戦でどちらも敗退してしまった。シードも貰っていたのに。肘(だったかな?)の怪我もあるそうだが、若さで乗り切っているような感じ。応援している英国以外のプレーヤー(Safinが欠場したのは残念だが)も残っているから、まだ楽しみも残っている。

2005.08.22 Monday

”中央スコットランドの旅”のHPを追加

船便船で送った資料はまだ届いていませんが、発送以後に訪れたAviemoreとGlasgowの資料は手元にあるので、こちらの方からHPを作っていこうと思っています。取り敢えず、今回の旅の日程部分と地図は作りました。

2005.08.11 Thursday

Glasgowにて

最後の宿泊地Glasgowまで辿り着いた。市内は興味ある所は殆ど行き尽くした感があったが、取り敢えずネットで2泊を予定した。宿の予約を入れた後、出発までに、すぐ北にHadrian's Wallより古いAntonine Wallがあることに気付いた。
この壁のことは以前から知っていたが、Glasgowから日帰りで行くことが出来るとは知らなかった。しかし、観光名所としては扱われていないので、情報は余り無かった。Glasgowのツーリスト・インフォメーション内をウロウロしていたら、近くにあるForth & Clyde運河の地図に詳しく載っていた。それを元に窓口で、Glasgowから一番近く(らしい)Bishopbriggs辺りに行くには?と聞いた。路線バスバスを教えてくれた。その後、地図を調べていたら、Falkirkに行く方が良いことが分かった。ここにはEdinburgh行きの列車電車が止まることを知っている。こんな事を到着した日の夕方、Glasgow大学で研究をされているI氏とお会いした時に話していたら、翌日はBank Holidayで大学が閉まっているので、車車で一緒に行こうと言うことになった。
Falkirkに着いて、Wallに行く前にここの最近の名所であるFalkirk Wheelが動いているのを見学した。これは高低差が大きいForth & Clyde運河とUnion運河を水槽ごと船を上下させて繋いでいる物で、デザインも斬新である。小さい船(個人用)と観光用の大きい船の2隻が上がっていった。上がった船船がUnion運河に進んだので、追いかけた。すぐにトンネルがあるが、観光用はその先でUターンする。トンネルを抜けたら、先に入った小さい船が見えない。何処に行ったかと思ったら、すぐにあるlockの2つ目に既に進んでいた。早い!小さなlockなのですぐに水が満杯になるらしい。係のおじさん2人が手動で門を開けていた。通行料お金はここでは徴収しない。1年間分の通行許可料をBritain's Waterways Scotlandに払っているので、毎回払う必要がないとか。
Falkirk WheelとUnion運河のNo.3 Golden Jubilee Lock    Union CanalのNo.2のlock(閘門)
その後、Antonine Wallを探すが、見つからない。先のトンネルの上にあるらしいが、そこへの道がない。Wheelの近くに案内はあるのだが。同行したI氏がトンネルの上で側にいた人達に聞いたら、西へ向かうパスを行けばそのRoman Fortに行き着くと。そのパスを進むと案内があった。どうも案内が中途半端である。そして、囲いがある所に着いたが、表示がない。盛り土の感じから目的地らしいのが分かったが。囲いの中を進むと、説明板らしき物が見えた。確かにRoman Fort(Rough城)である。盛り土以外は遺跡とは分からない程名残がない。管理はHistoric Scotland。こんな遺跡の多くの物は期待していないが、もうちょっとしっかりして!と言いたくなった。ここで適当な場所でお昼。I氏がパンと簡単なおかずを用意してくれていた。
Rough城Roman FortのAntonine Wall    Forth & Clyde運河のNo.16のlock
そしてFalkirk Wheelに戻った所で、雨雨が降り出してきた。長く続かないとみて、ここのVisitor Centre(無料)内で雨宿り。Wheelは頻繁に動くのでまた見学。雨が上がりそうな頃に出ていって、今度はForth & Clyde運河沿いを隣のCamelonの町まで散策した。こちらにlockが連なっているのがあるからだった。最初のlock(No.16)に行き着いた所で引き返した。そこが嘗てForth & Clyde運河とUnion運河が繋がっていた所である。その入口らしい所があった。今はその上は舗装道路が横切っている。
Antonine WallとForth & Clyde運河は並行して走っているので、もし機会があるようなら、他の所も訪れたくなっている。
これで、今回の旅行の大まかなことはお仕舞い。船便で送った資料を待って、アルバムと本編の旅行記を仕上げるつもりである。

2005.08.09 Tuesday

Aviemoreにて

Invernessからちょっと南に向かった所が次の宿泊地。当初の予定では3泊の筈だったが、予定を色々変えたために2泊にした。金・土曜日の宿で余り大きくない町では、宿は探しにくい。Invernessで前々日に探して貰った。2人用の部屋でもシングル扱いしてくれる所を当たってくれた。中心部から歩いて約20分、ちょっと高めになるけど泊めてくれる所が見つかった。シャワー・トイレ付きのダブルの部屋と聞いていたが、中に入ったらツインベッド、2段ベッド、そしてベビーベッド1つがあるファミリー・ルームだった。聞き間違いらしい。窓の外は牧場と森が広がり、馬と羊が放牧され、兎が走り回り、それを追いかけている犬犬もいた。のんびりした雰囲気である。
ここでの目的はBritain島最高地にある鉄道に乗るためである。鉄道マニアではないが、以前からガイド・ブックで見かけて気になっていたのである。駅までバスのサービスがあると書いてあったので、アクセスも問題なかった。ここにはもう1つ蒸気機関車が走っている。こちらの駅は普通のAviemore駅に隣接していたが、時間が合わないので近くから写真を撮って終わりにした。
高原鉄道(?)はBritain島で6番目に高いCairn Goamの山腹に作られている。ケーブル・カーみたいなもので駅は始発と終点の2つのみ。昼間に30分に1本の割で運行されている。上の駅に着いたら、そのままExhibitionに入ってしまった。駅内の建物にある。順に階段を上っていくと、売店、展望テラス、レストランを巡ることになる。展望テラスに出たら、雲の中霧になっていた。列車に乗っていた時は晴れていたのに。一向に雲が消える気配がなかった。その後、外に出ようとしたら、出口が見つからない。あるのは非常口だけ。外で歩いている人は見かけるのに。他の人が係の人に聞いていたのを耳聞き耳を立てるにしたが、この建物からは外に出ることは出来ないと。外を見たいならテラスに行けと言うことだった。外で歩いていた人達は、自力で登ってきたハイカー達らしかった。全く面白くない状況だった。せめて雲がとれていればと少しねばったが、更に悪くなり、雨が降り出していた。ポストがあり、Britain島最高地のポスト、ということで絵葉書を自分宛に出したが、着いた葉書を見たら、そんなに特別な消印ではなかった。失望の連続である。
Cairn Goam鉄道    Cairn Goam山頂までのパスからの眺め
そんな状況だったので、予定より早めに下った。上の駅のすぐ側にあるトンネルを抜けると、雲はなかった。下に着いて、すぐにバスに乗らずに、下の駅の回りを彷徨いた。裏手にロック・ガーデンがあり、高山植物植物が植えてあった。その側を列車が通るので、撮影には良かった。このお庭で思いもしなかったミッジの攻撃を受けた。慌てて虫よけを塗ったが、顔を数ヶ所やられ、帰国後もその後がかゆかった。困ったものである。
ロック・ガーデンの横に、登りのパスを見つけた。ちょっとだけのつもりが、ずっと先に続いていて山腹をどんどん登っていった。これがCairn Goam山頂まで続くパスであった。そんな準備はしていないし、頂上は雲曇りの中で何も見えないので、途中で引き返した。引き返し点で岩の上で休憩し、おやつを食べていたら、下りの人達が声を掛けていった。眺めは良かった。
ロック・ガーデンの向こうにもパスがあったので、そちらも行ってみた。別の山に続く道らしい。あちこちにパスが見えたので、この辺りはハイカー達に人気がある所らしい。この辺りは冬になると雪がたっぷり積もる。そして、スキー場スキーとなる。リフトもたくさん作られている。先の鉄道は冬も営業していて、スキーヤー達を乗せている。その時は上の駅から外に出ることが出来るようだが。
Aviemoreの町の回りにも散策できる所が多いのだが、戻った時は疲れて、その気にならなかった。ただ、前日に町中にあるストーン・サークルは訪ねていた。回りは住宅である。案内もちゃんとあった。
Aviemore町中のストーン・サークル
この町は川沿いに蒸留所があることで知られるSpey川に沿って出来ているが、この辺りのSpey川は余り散策などには向いていないようである。

2005.08.09 Tuesday

Invernessにて(3)

日にちは前に戻るがInverness到着の日の午後はCaledonian運河沿いを歩いた。最初に訪れた時、ミニバスバス・ツアーで川と運河の分岐点をちょっと眺めたが、その日の夕方そこに行ってみることにした。ところが、あまりに遠いので途中で引き返した。2回目に訪れた時は、前回の悔しさから、レンタサイクルをしてそこまで行ったことがあった。今回は時間もあるし他に当てもないので、また歩いて行ってみることにした。
時間はあるとはいえ、やっぱり遠かった。いくら進んでも右手は運河、左手は木々の壁、前方は遠くに見える山裾である。たまに運河を船船が通りはするが、一向に目的地が見えない。やっと、船溜まりが見えた時には歩き始めて2時間近く経っていた。分岐点の前にはlockが1つある。このlockは2回目の時Ness湖クルーズで通過したことがある。その時、鴨鳥が一緒に入っていたことを話したら、何故か受けていた。自分で飛べるのに、と言うことらしいが、(律儀に撮っていた)写真を見たら親子だったので、子供達のために入っていたらしい。
分岐点はそのすぐ先にあったが、水量が少ないのか、水が川に流れ落ちているポイントは遠くに見えた。そこまではあまりに危険なので進むことは出来なかった。その先にはDochfour湖という小さな湖があり、その向こうにNess湖がある。分岐点を眺めた後、lockまで戻り、船が進む様子を眺めていた。帰りはバスに乗ろうと対岸に渡って、側を通っている道路に出て行った。対岸へ渡るのはlockの門の上に設けてある通路を使う。門の開閉時以外は通行は自由である。バスはInverness-Fort William間のコーチバスがある。この時刻表をたまたま翌々日のために取ってきていたので役に立った。バス停が近くにあるか不明だったので早めに道路に出たら、すぐに見つかった。時間までは十分にあったので、バス停で休憩。
Ness川(左)とCaledonian運河(右)    Ness川とCaledonian運河の分岐点
ところで、運河沿いには必ず側にパスがある(と言っても、Caledonian運河の大半は湖なので、必ずしもあるわけではないが)。これは散策のために作られたわけではない。昔は船を馬馬が引いていた。その馬のための道である。今は勿論、エンジンで動いているので馬は必要なくなったが、道はそのまま残されて、今度は人間(+犬犬)が使っている。チャリ自転車もOK。たまに乗馬を楽しんでいる人もいるかも知れないが、あくまで人間の力による移動のみが許されている。散策を楽しむためかどうかは知らないが、この運河専用の地図も作られている。

2005.08.08 Monday

Invernessにて(2)

Inverness3日目は当初宿泊予定だったFort Augustusへ日帰りで行くことにした。Fort Williamまでのコーチで往復するには十分な本数があった。朝から生憎の雨雨だったが、目的地に着く頃はなんとか上がっていた。
着くとすぐに名物のCaledonian運河のlock(閘門)を見に行った。ここは複数並んでいるので見物である。東側はNess湖、西側はOich湖、Lochy湖を経てLinnhe湾に行き着く。Ness湖とOich湖の水位の差をこのlockで順に水位を上下することで船を通していく。この水位の上下を見ているとつい面白くなってずっと見ていた。着いた時にはNess湖からOich湖に向かって登っていく船船が数隻いた。クルーザーかヨットだった。午後になって、今度はOich湖からNess湖に向かう大型船船が下っていた。lockギリギリの幅だった。乗客は船内のレストランで食事をしていた。乗船料金が高そう。下りの最後のlockの後に、一般道路がある。この下は潜ることが出来ない高さなので、この道は封鎖され、90度回って船が通ることになる。これも見物だった。
Caledonian CanalのFort Augustus locks    道路の開閉
このlockの脇にCaledonian Canal Visitor Centre(無料)がある。運河の開発歴史の説明パネルがあった。記念品の販売も行っている。PCPCを使って、その他のガイドもやっていた。近場のウォーキングルートもあった。同じ地図をカウンターでもらえる。
先の道路の近くから出発するNess湖ボート・クルーズ船をやっていた。約1時間。その側のClansmanというクラフトショップがあったので行くとお昼休み。ボート・クルーズの案内を見ていたら、チケット売りのおばさんが”次は2時”と言う案内を掛けた。12時出発が始まろうとしていた時である。そのおばさんが私に”乗るのか?”と聞いて、”まだ今のに間に合う”と。そんなに乗る気はなかったのに、その声についのせられて、急いで代金を払って、乗り込んだ。Ness湖の南西側の両岸を眺めるだけのツアーである。ネッシー探しのため!?、船内ではソナーで湖底の様子を画面テレビに映し出していた。湖底の凹凸が分かった。湖底は急な崖のようになっていた。
Ness湖ボート・クルーズからの湖畔の眺め    Oich川ウォーキングルート
帰りのバスバスまで3時間程時間があったので、ウォーキングルートの1つを歩いてみることに。その入口を探してウロウロ。探し当てた時は、既に30分近く経っていた。コースは2時間弱である。このルートがOich川沿いを歩くのだが、雨の後で、パスには大きな黒いナメクジが出没していた。帰りは、木材の切り出しに使っているらしい大きな道を進んだので、少し早く戻ることが出来た。そのルートの先に遺跡があるらしいが、時間が無くて諦めた。入口までは皆車を使うらしい。こんな時は歩きが辛くなる。
この日は雨が降ったり止んだり。ひどくなった時はお土産店でウロウロ。ついちょっとした物を買ってしまい、お財布の点からも恨めしくなる。ウォーキング時に降らなかったのは幸いだった。

2005.08.01 Monday

Invernessにて(1)

Elgin MuseumでPictish Stoneの展示館が、この先予定している方向にあると分かった。Black IsleのRosemarkieである。Invernessから往復できるようだが、今回は宿泊するつもりでなく、バスの乗り換えをしてFort Augustusに泊まろうと思っていた。考えた末、Invernessに3泊し、1日はRosemarkieを含むBlack Isleへ行き、もう1日をFort Augustusへ日帰りで行くことに変更した。宿もInvernessの方が取り易いと思われたからである。これでInvernessには5回目の宿泊となった。
さて、最初のRosemarkieであるが、ツーリスト・インフォメーションでバスの時刻表を見つけた。余り本数はないが、なんとか往復できる。Fort Augustus行きが見つからなかったので、バス・ステーションに行ってみた。そこには別の会社のBlack Isle行きのバスバスの時刻表があった。Black Isle内を行ったり来たり出来るRover Ticketも扱っていた。その日1日、このチケットであちこち行ってみることにした。
Rosemarkieの展示館Groam Houseは道沿いにあるのですぐ分かった。入ると受付のおじさんがPictish Stoneについて説明してくれた。そして、どうしてここを知ったのか?と聞かれた。展示パネルの説明の日本語訳があると厚さ10cm近く溜まった翻訳冊子の中から探してくれた(貸出のみ)。展示された石を見て(よく、レプリカが置いてあることが多いので)”本物?”と聞いたら、1つを除いて全て本物だと言うことだった。中央にある大きな石板は教会で、他は近郊の農地から発掘されたものと言うことだった。2階ではビデオ上映中だったので、次の上映の時呼んであげると。私が入った時は誰もいなかったのに、ビデオの時間になると10人以上になっていた。規模の割に、人気は高いようだ。展示物も良かった。そして、販売物も欲しくなるようなばかりで、結構色々買い込んだ。
Rosemarkieの海岸
次のバスで、その先のCromatyまで行こうとした。ここへの本数は少ない。時間があったのでお昼を買って、海岸で食べてちょっとだけウロウロした。そしてバス停へ戻ろうとしたら、目の前をバスが通りすぎていた。時刻表を見ると、10分間違えていた!! 次のバスまで3時間!もある。ここでまた、バスをミスしたのである。仕方ないので、逆向きのバスをちょっと待って、Avochという町へ戻ってみた。以前の地図にはHeritage Centreがあるとあったが、無くなったらしい。Dolphin Tourの出発港である。ウロウロする以外はすることがないので、絵葉書を買って5人程に手紙を書いた。
やっと次のCromaty行きのバスに乗った。着いたのは5時近く。展示館らしきのが2つあったのだが、時間切れで。港あたりを回って、対岸のNiggや、西に入り込んだCromaty湾の中に建てられた石油掘削施設を眺めていた。港の上の丘に灯台もあった。この辺りは、Burgheadから見えていたはずである。そして、この日もお天気は良く晴れ晴れ、また焼けた。
Cromaty湾の石油掘削施設

2005.07.30 Saturday

ビデオ・ミーティング

今日はICRM(International Cliff Richard Movement)日本支部の関西地区のビデオ上映会があった。英国で放送されたビデオテレビを見た後は、市販のDVDをPCとプロジェクタを使って上映。PCPCはテレビ方式(NTSC、PAL等)に関係なくDVDを再生できるから便利だ。場所は公共施設の会議室、とちょっと不似合いの所だが。
毎回上映される市販の物は持っている物が殆どなので、見に行くと言うより、好きな者同士が集まって、皆でワイワイ言いながら楽しんでいる、というもの。食事が合わないので、今日は2次会はパスしたが、会の後のお楽しみ、ということもある。5時半くらいから夕食に入ることになるので、その前にティー・タイムホットコーヒーケーキあたりを設けてくれたら行くのに。
次回は7ヶ月後、だって。その間に、積もる話(最近、ないなー)をため込んでいくことになる。

そして、(私の)本を買って下さった方、ありがとうございました。荷物も軽くなって、ホクホクです。

2005.07.30 Saturday

Elginにて(2)

Elginから日帰りで行ける所を探していたが、北の北海沿岸にあるBurghead(”バーグヘッド”と読む)があった。ここは海が見えるだけでなく、Pictish Stoneの関連遺跡があるとのことで、行く気になってしまった。バスも十分な本数、あった。
終点近く(?)でバスを降り、先に進むと、海が見える広場に着いた。その先の突端まで進むと、そこにTown Trailの説明板があった。側にVisitor Centreがあるのだが、まだ開館していなかった。そこで、この説明板の地図をデジカメで撮って、番号順に歩いた。突端は2番。1番は?と思って探すと、通り過ぎた広場の入口にあった。あまりに掠れていたので無視していた。この1番はFortであり、Trailの中心になっていた。Pictish Stoneが発掘されたらしいポイントもあった。その石はElgin Museumに展示されていたもののようだ。そして、Burghead Wellという遺跡があった。壁に囲まれていて、入口には鍵がかかっていた。見学できないのか?思うと、横に貼り紙がしてあり、鍵を貸してくれる場所が書いてあった。行ってみると普通の家。合っているの?と思いつつ玄関に近づくとおばさんが出てきて、”鍵でしょう?”といって説明書と一緒に貸してくれた。真ん中に水が溜まった井戸を横からと上から眺めるだけの所だが、何だか良かった。
Burghead Fort     Burghead Well
全部で6番までしかないTrailだったのですぐに回り終え、開館していたVisitor Centre(無料)に入った。町の歴史の展示があった。この屋上が展望台になっていて、360度のパノラマである。この後訪れるBlack Isleも見えていた(ハズ)。Wick辺りまで見えていたのではないかと思うが、地形がよく分かっていない。回りを見渡した後、ベンチで友達に葉書を書いていた。気持ちいいと言うより、日にさらされて干上がった状態だった。
そして、近くの砂浜がきれいだったので、港を回った後に行ってみた。この日は快晴晴れ晴れとなって、日焼けの度合いも更にひどくなっていた。あまりの暑さに、大人・子供・犬たちは殆ど海に入って泳いだり水泳、涼んでいたりしていた。私もカメラがなかったら、足をつけたかったくらいのお天気だった(濡れたら大変なので)。Scotlandらしくないお天気だった。お昼食事はこの浜辺でレインコートをシート代わりにして、果物とスナックを食べていた。
Burghead beach
帰ろうとバスが止まっていると思った所に行ったらいない。郵便局の前まで行かないとダメらしい。そして既にバスが止まっていた。急ぎ足で行ったが、後数秒というところで出発してしまった。やはり、バスにタッチの差で遅れるらしい。次のバスが30分後にあったので、再び海を眺めて、もう一度バス停に戻った。この日、早めに引き上げて他の町へも行ってみようかと思ったけど、あの砂浜を見てノンビリすることにした。

2005.07.29 Friday

Elginにて(1)

次は北海に面した北海岸近くのElginへ。ここの町には面白そうな所がありそうだったので3泊した。
町中は日曜日に回るつもりだったが、日曜に閉館となっている博物館へは到着した日に入った。ヘッドセットで説明を聞くようになっていた。町の歴史的な展示物の奥に石に関する遺跡が展示してあった。そして関連の博物館などの資料を手にして、この後の旅程を変更してしまった。その奥の展示が私にはたまらなかった。その後、取り敢えず一番の名所である大聖堂(廃墟)に行ってみた。翌日入るつもりが、閉門が6時半で、4時半過ぎだったので中を見て回るには十分な時間と思われたので入ってしまった。受付のお兄さんが、日本の何処辺りから来たか?と聞いたので答えたら、地図帳を広げて教えろ、と。個人的な趣味らしいが、色んな国の人と会えるのが楽しいらしい。そして、私はこの日の最終入場者となった。勿論、出るのも。ここも宗教改革で破壊され、無惨な姿になっていた。入口にそびえる2つの塔には登ることは出来るが、中の展示は何もなかった。片方の屋上に上がることが出来た。眺めは良かった。
Elgin Cathedral   街の中心にあるSt.Giles
翌日はちょっと心配するような天気予報だったにもかかわらず、晴れて晴れいた。町中はTrailのルートに従って回った。繁華街の中にも貴重な建物があった。見つけやすいようにプレートがあった所も。1ヶ所は不明だったが、見て回った。Ladyhillと言う丘には記念碑とお城(廃墟)があり、眺めも良かった。Mary's Wellと言うのがあって、最初、気付かずに通り過ぎていた。排水口に蓋をしたようなものに見えた。でも、プレートがあったので間違いない。
Trailのルートにはなかったが、大聖堂の横にBibical Gardenと言う、中に色んな像が建っているお庭があった。日曜日にもツアーをやっているというカシミア・センターに行ったら、ツアーは中止になっていた。商魂たくましく、販売店だけはやっていた。その後、前日にも訪れたが、公園で休憩し手いる時、Trailにはなかったが、Old Millというのがあった。行ってみたら、かなりボロボロで、修復されていないようだった。だが、プレートと看板はがあった。

Ladyhill(Elgin Cathedralより眺める)

2005.07.27 Wednesday

Inverurieにて

当初予定していなかった所に時々泊まることがある。このInverurieが今回のそれである。StonehavenでGrampian地方の石の遺跡のリーフレットを見つけて、急遽予定を変更することに。
しかし、バスのルートが不明である。Aberdeenのツーリスト・インフォメーションで聞いた。町までのバスの時刻表を貰い、この町にもツーリスト・インフォメーションがあるから聞くと良いと。その時刻表には1日1本のバスしか載っていなかった。??である。その後には、北のElginに向かう予定だったので途中だったら都合が良いのに…と思いつつ、ツーリスト・インフォメーションにInverurie1泊と、Aberdeen1泊を取りに行った。ところが、(VisitScotlandの?)システム・ダウンで予約システムが使えないと言われた。回復しそうもないので、バス・ステーションに戻り、その日の宿泊予定のPeterheadへ向かうことにした。そのついでに時刻表を物色。すると、Inverurie行きが他にもあった! しかも1時間に3〜4本。朝早くから夜までである。そして、Aberdenn-Elginルート上にもなっている。ツーリスト・インフォメーションがある町で、そんなにバスが少ないはずはないと思っていた。Inverurie宿泊は解決! システム・ダウンは私にとってはラッキーだったのだ!!
Aberdeenからチェックインまで予定では40分くらいだったのに、トラブル続きで1時間半以上かかった。これについては、長くなるので本編の旅行記の方でお話しする。
到着した日は宿の近くにあるOld Kirkに行った。これも石の遺跡のガイドに載っていたものであるが、墓地の中に大きな塚が2つ並んでいた。上にも登ることが出来たが、なんにもなかった。
翌日は目的のストーン・サークルで。道は地図を見て分かっていた。距離も私にしてみれば遠いと思える程ではないが、舗装道路のため、足の裏が痛くなっていた。そして、お天気が良く晴れ晴れて、日焼けも進んだが、鼻炎がひどくなってしまった。
ストーン・サークルに到着して、暫くゆっくり休んでいた。数人が入れ代わり、見学に来ていた。サークルの奥には台座がある、ちょっと変わった形である。この辺りでは有名らしい。人が切れた所で写真を撮って回り、もう一度休憩(というより寝ころんだ)。その後、奥に続くパスがあったので入ってみた。何処に行くか分からなかったので、広い道に出た所で引き返した。これだけだが、満足した1日になった。

Easter Aquhorthiess Stone Circle   Old Kirk tomb

2005.07.26 Tuesday

Aberdeenにて(番外編)

今回泊まりはしなかったが、ちょっと時間を作って寄った所がある。AberdeenはStonehavenからPeterhead、PeterheadからInverurieへの移動の際にバスバスの乗換で降りた。それぞれの宿は夕方到着の方が都合が良いと言うことで、ここで時間を作ったわけである。AberdeenはScotland第3の都市であり、銀行に寄り、ツーリスト・インフォメーションで情報を得るには十分であることは、以前泊まったことがあるので知っている。
さて、旅の共をしているトランクはこういう時はお荷物になる。幸いバス・ステーション内に預かり所があるので、身軽になっていくことが出来る。1回目は預け・受け取り時に係のお兄さんが出かけていて、”5分で戻る”とのメッセージがあった。1人でやっているのか? 2回目、預ける時に”London bomber…”との説明があり、中身の検査をしても良いかと言われた。拒否すれば預けられないし、やましいものは入れていないので開けた。この時はまだ”爆弾が見つかった”くらいしか思っていなかったのだが、夕方テレビでテロがあったことを知ってビックリ。Peterheadからのバス移動の間に起こった事件だったのである。ここでもう1つ不思議なことがあった。1回目は2ポンド(large size)、2回目は1ポンド(small size)の手数料だった。勿論、同じトランクである。係も同じお兄さんである。気分によって大きさが違って見えたのかな。
1回目は海を見てみようと、東側へ向かった。お天気も程良いと思って海岸に出たら、強風強風で波も荒かった。南側は雨模様に思えたが、北側は晴れている。寒くなり、また、ツーリスト・インフォメーションにもう一度行きたかったので早めに切り上げた。
2回目はお気に入りのDothie Parkへ。Stonehavenからのバスの中から薔薇が満開状態だったのを見ていて、お天気も良かったので行ってみた。前回訪れたのが7年前なので道を思い出せない。ツーリスト・インフォメーションでタダの地図を頂きに行った。それには載っていなかったが、係の子が有料の地図を参考にして説明してくれた。でも、無料の地図は途中で道が無くなっている。これには係の子も驚いていたびっくり。実際に道はあるので、そのまま進むようにと。歩いていて、そういえばとこの道だった、と思い出していた。薔薇の丘(写真参照)を満喫し、温室(ムッとくる暑さ)をくまなく見学。温室に囲まれた庭も見て回った。その1つにJapanese Gardenがある。以前、ここにアヒルの親子がいたが、今回はさすがにいなかった。中にある池の亀たちもいなくなっていたようだ。薔薇や温室の植物花植物を狂ったようにデジカメで撮ってしまった。滞在時間は少ないものの、写真の枚数だけは多い。そして、この日、また日に焼けてしまった晴れ

Dothie Park 薔薇の丘

2005.07.25 Monday

Peterhead+Fraserburghにて

Stonehavenから更に東海岸を北上してScotland第3の都市Aberdeenで乗り換えてPeterheadに向かったバス。北端になるFraserburghに宿泊したかったのだが、シングルの宿が見つからず、バスで30分弱の同じくらいの大きさの町Peterheadに泊まることになった。
この町は到着日の夕方と、翌日の夕方ちょっとだけ歩いただけになった。宿は中心街から離れていたが、その途中、港沿いのパスを歩くことが出来た。隅ではウサギの集会を見た!?(下の左写真の右下あたり)。また、宿の南にはBoddamの灯台がある。
Peterheadの港 Kinnaird灯台 
Fraserburghへは一旦宿から町の中心部へのバスに乗り、そこから向かうことになる。歩いても良いのだが、この朝は生憎かなりの雨雨になっていた。
先ずThe Museum of Scottish Lighthousesに行った。Scotlandのかなりの数の灯台をStevenson一家が設計しているが、ここが最初に設計された灯台だという。崖の上に建っているお城の上に灯台が建てられている。現在は使用されていないが、中の見学ツアーがあり、当時の灯台守の生活が伺えるようになっている。各地の灯台のパネルや所蔵品などの展示ルームもあった。日本の灯台もこのStevensonの設計を元にしているとの話も聞いた。
次に隣にあるHeritage Museumに入った。町の歴史を展示している所である。この町はFraserが作ったので、その名前が付いていると。そして、日本では有名だがScotlandでは余り知られていないGloverの生誕地である。その彼を記念して中に日本のお庭みたいなセットが作ってあった。Scotland全体では知られていないが、この町では有名人であるようだ。その為か、妙にこの博物館にいた年配の方々が友好的であったように思えた。質問があったらしてくれ、と言いながら、黙ってみているにもかかわらず、近寄ってきて色々説明をし始めていた。”グラバー遺跡巡り”という日本語(他には英語のみ)のリーフレットも置いてあった。
Heritage Museumを出ると雨は殆ど上がっていた曇り。そこで、港や海岸沿いのちょっとしたパスを歩いてみた。良い漁港でもあるらしく、ここの魚魚料理は美味しいらしい。Stonehavenのインフォメーションのスタッフも言っていた。

2005.07.23 Saturday

Stonehavenにて

2つ目の訪問地はDundeeから東海岸を北上したStonehavenという適度に大きい町。
着いた日は日曜日なので、殆どの店が閉まっている。博物館も。そこで北海に面した海岸沿いをぶらぶらした。海岸を南の方に向かうと港がある。良い散歩になった。
Stonehavenの町  Dunnottar Castle
翌日はお目当てのDunnottar Castleへ。このお城は海に突き出た崖の上に建っていて、廃墟であるが、旅情を誘われて訪れることにした。町からは崖の上のパスを通っていくことが出来る。途中、ちょっと変わった戦争記念碑に寄り、ウサギが掘った穴にコケそうになりながら進んだ。このパスはそんなに長くないので、結構人気もあったようだ。集団にもぶつかり、ジョギングジョギングしている女の子もいた。
”パスはこちら”との案内で港の奥に進むが、見当たらず、地図を見て城の方に向かう大きな道を進んだら、パスに入る道が見つかった。帰りに途中で逸れる小道があることに気付いた。それでも港の方向ではない。案内が中途半端な気がする。
当のお城は入場料は取るが、売店やTea Roomは無い、シンプルな場所だとツーリスト・インフォメーションで言っていた。シンプルでもトイレは欲しいと思っていたら、それはさすがにあった。崖の上に残った建物(修復中は除く)を全て回った。お城の下の海岸(ここは無料)に出て、お昼代わりのバナナとリンゴを食べた。お城は3方向と下から眺めてきた。
港に戻って休憩。夕方出るボート・ツアーに飛び込めないかと思ったが、諦めた。しょんぼりそこで、町の北に進むパスもあるとかで、行ってみたが、チャペル(廃墟)と墓地にぶつかった所で先が見つからなかった。その先にはゴルフ場が広がっていて、中は通ることが出来なかった。そのパスの先にHighland Border Faultというのがあると案内図にはあったのだが…翌日、バスでそのあたりを通ったけど、結局不明。(ネットで調べると、記念碑ではないらしい。)この日も歩き回り、お天気もまずまず曇り晴れ。そして日焼けもちょっぴり。

2005.07.22 Friday

St. Andrewsにて

旅行の荷物はまだ完全に整理が終わっていないが、デジカメで撮ってきた画像を夜中にごそごそとPCに取り込んだので、ここで日を追ってご紹介しておきます。HPでの更新は船便で送った資料がまだ届かないので、暫くお待ち下さい。
1泊目のEdinburghを除けば、最初の訪問地がSt.Andrewsになる。ただし宿が取れなかったので宿泊はDundee。ここは去年も訪れているので到着日に町中を暫くウロウロしただけ。
St.Andrewsはゴルフの聖地として知られているが、私は全くそちらには興味がない。今年の全英オープンがここで行われ、優勝者も誰かぐらいは知っているが…行ったのは廃墟となった大聖堂を見るため。ここは16世紀半ばから始まった宗教改革のため、偶像崇拝を排除する運動で破壊された。その破壊ぶりもかなり徹底していて、嘗てここに大きな建物があったのかと思う程、その敷地内には草が一面を覆っていた。
大聖堂とペアになって入場券が販売されていたお城も行ってみた。こちらも廃墟である。どちらも海を望む崖の上に建っていて、海からの風は気持ち良く感じられたが、このような廃墟を見ていると虚しい気持ちもする。
廃墟のSt. Andrews大聖堂 St. Andrews城
その後、See Life Aquariumで昼食。囲われているアザラシには興味がないので中に入らなかった。そして、近くの砂浜がきれいだったのであのゴルフ場のすぐ側を通って、歩いてみた。お天気が良かった。そして、ここで最初の日焼け。腕時計の型が…
海辺にて
夕方Dundeeに戻ろうとバス停に行って、手持ちの時刻表を見ると最終バスは行ってしまっていた!?ネットで調べた時はもっとあったような記憶が…壁の時刻表を見ると、別のサービス番号のバスがまだあった。ホッとした。今回で出だしからバスに乗り遅れている。出発当日の朝、寝坊して、予定のバスの1時間後に乗ったのである。早めに予定していたので、30分の遅刻で済み、飛行機も難なく乗れはしたが、ここで何となくイヤな予感。一度あることは何度となく同じ旅で繰り返してしまうことがある。このSt.Andrewsで2回目となった。取り返しはつく範囲ではあるが、予定のバスを逃すことが続いた。
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